◆40年前の記者たちの迷い 「医学部教授の不正を新聞が暴いていいのか?」
東京医科歯科大をめぐる100本ほどの関連記事は、いずれも「ひどいな」「ここまで腐っていたのか」と思われるものばかりだ。だが、当時の取材チームは、報道に踏み切るまでにずいぶんと迷ったようだ。取材チームを率いた朝日新聞東京本社社会部次長の橘弘道氏は『新聞研究』1985年2月に「調査報道と人権」という一文を寄稿し、次のように記している。
これだけ社会的な地位もあり、しかも病院で現に患者を預かっている医者、国立大学の教授でもある人々に対し、はたして簡単にわれわれ新聞が、彼らの地位やあるいはドクターとしての機能を奪うような報道をし、捜査当局や裁判官になりかわって断罪できるのか。
当時、調査報道は日本で芽生えたばかりで、考え方やノウハウの蓄積もほとんどない。そんな中で取材班は、まず、調査報道とは何かを突き詰めたという。その結論は①捜査当局などに頼らぬ独立取材であること、②社会的に告発的な、問題提起的な要素を含んでいること、③取材対象は権力悪・構造腐敗であることーの3点だった。つまり、取材から報道までのプロセスすべてについて、新聞社で責任を持つということであり、当局の「発表」に頼らないという宣言だった。
公的機関はマスコミに対して情報操作をしようとし、都合のよい情報だけを流す。だからこそ、橘氏は「警察、検察、その他捜査機関のフィルターを通してしか社会不正が暴かれない」という当時の実情に限界を感じ、巨悪を暴くという位置付けでこれを進めようとしたのである。
◆「調査報道とは何か」 現在にも通じる視点
一連の事件はその後、贈収賄事件として刑事訴追の対象となり、X教授は収賄罪などで有罪判決を受けた。そして朝日新聞は1984年秋、新聞協会賞を受賞する。同年10月15日の紙面で「東京医科歯科大事件特別取材班」は、調査報道の役割とメディアの責任をわかりやすく説いている。
報道機関自らが「調査して記事にする」という方法は広く存在しておりますし、もともと「調べた上で書く」ということは報道の基本姿勢の一つです。そういう意味からは「調査報道」といっても、格別新しいものではないのです。
ただ、従来は捜査当局などの摘発に沿って調査する場合も多かったのですが、最近の調査報道は、当局の動きとは別に、水面下に隠れている疑惑や脱法行為、反社会的腐敗・癒着といったものを報道機関がその責任において追及するケースが目立っていることが特徴です。
その場合、対象はあくまで社会的存在であり、国民、社会と密接な利害関係を有し、かつ構造的な問題に限られます。「疑惑」といっても、個人的犯罪や内輪の出来事は対象になりません。いわんや男女の間のプライバシーに類することは問題外です。また報道にあたっては「慎重かつ確実」が絶対的条件であり、いやしくも風聞や推測を記事にするようなことがあってはならないのはもちろんです。
おそらく、この視点は現在にもそのまま通用する。とくに重要だと思われるのは、「慎重かつ確実」の「確実」であろう。どんなに優れた着眼点と材料を得ていても、その調査報道の内容が不確実だったとしたら、負の影響は計り知れない。
■関連
『法改正を導いた「群馬大学病院の手術死亡事故」報道』(フロントラインプレス 調査報道アーカイブス No.16)
『「オリンパス事件」報道 無名の企業人たちの支えで』(フロントラインプレス 調査報道アーカイブス No.18)
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