◆最初から虐待探しを目的にしているわけではない
ではCDRで虐待を扱う利点は何か。重大事例検証と何が違うのだろうか。
「どっちの方向から死亡を見ていくかだと思います。明らかに虐待だとわかっている場合、過去から現在に至るまで、どの時点で虐待だとわかったのかを見ていくのが重大事例検証です。逆に死亡からさかのぼって、『これ、虐待だったかも』と原因を究明していくのがCDR。双方からやっていくことで、より多くの虐待事例が発見されるかもしれません」
藤田さんは、CDR先進地のアメリカ・カリフォルニア州に視察に行ったことがある。そのとき、現地の検証委員会が最も注力していた対象は、自死と同一病院で相次いだ児童の死だった。
「委員会は最初から虐待を探してやろうと思って検証しているわけではありません」
虐待事案は適切なタイミングで第三者が介入していれば、命を救えたかもしれない。防ぎうる死であることは確かだが、藤田さんは、CDRの中で虐待を特別視すべきではないという。CDRはすべての子どもの死を網羅するからこそ、見落とされていたさまざまな気づきがある。
もちろん、虐待の可能性を探るには、捜査情報があるに越したことはない。ただし、CDRは予防のための策を講じることが目的であり、責任追及の場ではない。刑事責任を追及する警察とは目的が大きく異なる。
藤田さんは、AHT(乳幼児の虐待による頭部外傷)を例に挙げた。AHTのケースでは、警察が知りたいことは、誰がいつ何をして死に至らしめたのかという点だ。子どもは後ろ向きに倒れて頭をぶつけたのか、あるいは、誰かに激しく揺さぶられたのか。
「私たちが知りたいのは、どれくらい子どもを揺さぶったら重篤な事態になるのか、子どもが後ろ向きに倒れるときにはどういう要因があるのか、そういったことなんです。もし、兄弟が突き飛ばしたとしたら、ひょっとして『お兄ちゃんばっかり』『弟ばっかり』って思っている子かもしれない。その心のケアも大事だねという話になるし、周りに固い物を置かないほうがいいという話になるかもしれない。警察が知りたいことと違う」
そして、こう付け加えた。
「使い道が違うからこそ捜査情報がほしいんです」