水中に眠る船、都市、集落――人類の営みをたどる「水中考古学」の世界(2018・11・9 Yahoo!ニュース特集)
沈没船や水没した港町、集落――。世界各地の海や湖の底に沈む、そうした遺跡を調べると、タイムカプセルのように、当時の人々の暮らしぶりや新たな史実が分かる。それが「水中考古学」だ。水中の遺跡調査は研究者たちを魅了するとともに、国の海洋戦略としても重視されているという。なぜ、この分野が注目されているのか。専門家たちを訪ね、ロマンあふれる世界をのぞいた。
©Franck Goddio/Hilti Foundation, photo: Christoph Gerigk
◆沈没船探査に憧れ 世界各地で潜る
水戸市大洗町に住む水中考古学者の井上たかひこさん(75)は、30年前のトルコ沿岸の海底を今も忘れていない。
背負ったタンクの重さに身を任せ、仰向けで母船の底を見上げながら海底へと沈んでいく。地中海独特の黄緑色の海水。それが徐々に紺碧に変わり、ほの暗くなった。右手で鼻をつまんで耳抜きをする。怖さで顔が引きつる。水深30メートルほどまで潜ったとき、海底が見えるように体を反転させ、おなかを下向きにした。飛行機のように両手を広げ、海底を見下ろす。
すると、ついに沈没船の遺構が見えた。
「言葉にできないんです。高揚感で。心と体が宙に舞い上がったような……」
トルコ南部のウル・ブルン岬。
その入江に沈んでいた船は、学術調査によって、およそ3300年前のものだと判明した。古代エジプトの王ツタンカーメンのもとに向かって航海していたという推測のほか、船の航路については諸説ある。
井上たかひこさん(撮影:伊澤理江)
井上さんは水深50メートルまで潜り、海の底に立った。周囲の暗さが増す。見上げると、マンタのつがいが白い腹を見せながら横切り、暗闇に消えた。足ひれを外し、浮力でふわふわとした感覚を楽しみながら、白い細かな砂地を裸足で歩いた。
井上さんなどの話によると、海底には、女神をあしらった黄金のペンダントなどの貴金属類、茶褐色の大小の壺や350枚もの銅の地金などが散乱していた。
「いつか難破船を探してみたい」――。
子どものころから抱いていたおぼろげな夢。それを実現させるため、井上さんは40代で勤務先を辞め、世界的な水中考古学者であるジョージ・バス博士のもとで学ぶために渡米した。国際研究チームの一員として初めてウル・ブルン潜水調査活動に参加し、夢を実現させたのである。