◆他の先進国に比べて低い日本の解剖率
そもそも日本の解剖率は他の先進諸国と比べて低い。行われたとしても、質は予算不足を反映したレベルになっていることが、長年にわたって指摘されている。
2007年、大相撲の時津風部屋で新弟子(当時17歳)が部屋での暴行によって死亡していたという事件があった。当初は病死と判断されたこの事件を契機に、死因究明を推進する法律はいくつかできた。それでも状況は大きく改善していないと自見議員は言う。
解剖に関わる予算が少ない。所管する警察が解剖に結び付ける努力をしなければいけない。事件性があるかどうか、ちょっとよくわからないグレーゾーンの解剖を、調査法解剖と言うんです。でも、法律を作ったのに、普及しないんですよね。だから、本当にCDRをやろうと思ったら、調査法解剖も同時にあまねく受け入れるような体制にしないとまずい。
これまで放置されていた子どもに関わる問題に、こども家庭庁はどこまで迫れるのだろうか。課題はCDRだけではない。
例えば、岸田首相の施政方針演説に出てきたDBS(Disclosure and Barring Service)。子どもに接する仕事をする人に「無犯罪証明書」の提出を義務づける、英国で運用さている制度だ。ベビーシッターや教職員による性犯罪から子どもを守ろうと、導入を要望する声が高まっている。その制度導入に関しても縦割り行政が立ちはだかる。
自見議員は言う。
小児性犯罪者がどこで働いているか。保育園で働いていると所管は厚労省、幼稚園だと文科省、ベビーシッターだと内閣府だし、塾だと経産省なんですよ。分かれている。例えば1人の性犯罪者がいて幼稚園でクビになっても、(バレなければ)保育園でも働いていけるし、ベビーシッターでも働ける。学校でも働けるし。しかも、無犯罪証明書なので、法務省が出さなきゃいけない。似てるなあと思うんですよね、CDRと。
こども家庭庁で、縦割りの弊害を打破できれば、放置されてきた各種問題の解決に弾みがつく。特に、導入が「あと一息」となったCDRは、縦割りの狭間で放置されてきた子ども問題を解決する試金石になる、と自見議員は見ている。
◆CDRがどれくらい世の中に理解されているか
CDRのモデル事業は2020年から7府県で始まり、現在は9道府県で実施されている。これを、いかに全国規模の本格導入につなげるか。
その調査研究を続けている名古屋大学医学部附属病院の沼口敦医師(50)は、こども家庭庁とCDRについて「どれくらい国民の期待を受けている省庁なのか、ちょっとわからないのですが」と前置きしつつ、次のように語った。
厚労省に協力するのと同じくらいの熱意をもって、こども家庭庁の協力要請に(医療現場などが)応えるか。『それは(当然)応えるでしょ』って、全員同じように思っていれば話は簡単なんですけどね。それだけの理解が世の中にあるのかな。
例えば、医師は厚労省から子どもの死に関するデータを出すように要請されると、応じやすい。他省庁から要請されると、身構えてしまう。そんな現実があるのだという。
受け手側の意識のほうが問題かもしれない。モデル事業(の段階)だからかもしれないですけど、上がいくら号令を出しても、『いや、そうは言われても』とかね。
CDRは今、ゼロから形をつくろうと模索している段階だ。そして、早急に成果を求めない長い目が必要だと沼口医師は言う。予防は積み重ねの上に成り立つ、成果だけを見すぎないことが大事だ――。こう語るCDRの関係者はほかにもいる。
沼口医師は言う。
今、結果を出すってことじゃなくて、将来、結果を出すことに向けて、(関係者が)一緒に取り組む。そんなイメージを持っていただけるといいなと思います。
(初出:東洋経済オンライン、2022年4月4日『実は子どもの死因「不慮の死」長年上位の衝撃実態』)
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