北海道庁首脳への100万円 なぜ書かなかったか? 「権力監視型の調査報道とは」【5】

  1. How To 調査報道

◆書かなかった判断「北海道庁首脳への100万円」

 高田 別の例では、北海道新聞の時代の経験もある。北海道庁の首脳の1人に100万円の現金が渡ったという話がありました。私がまだ30代の頃のことです。古すぎて申し訳ないですが、参考になる部分もあると思います。

 首脳の銀行口座の元帳の写しまでゲットして、現金100万円が業者から首脳に渡ったことも間違いない、と。「よっしゃー」となりました。お金を渡したのは、東京・上野の会社。道庁の発注先でもありました。

 すると、この上野の社長は「この金は一体何なんだろう」と言うわけです。振り込みは確認してくれましたが、意味がわからない、と。だってあなた張本人でしょうと、こちらは取材するわけです。お金を首脳の口座に振り込んだ会社の社長だったんですが、実は振り込み時と取材時で株主構成が大きく変わろ、社長も変わっていたんですね。前社長の行方も知らないと言われて。ほかにもいろいろあったのですが、とにかく社長は100万円の趣旨を説明しない、できない。

 これは、こういう意味の100万円です、と。それを誰も言ってくれなくて、その状態のまま北海道庁首脳のところへ取材に行ったんです。「あなた、100万円もらっている。この趣旨を説明してくれ」と言ったら、そのときは「何でおまえ、俺の口座に100万円入っているのを知っているんだ。どうやって知ったのか言ってみろ」と言うから、「方法は言えないけど、確認した」と。そしたら「俺の個人の口座に100万円入っているかどうか、第三者のおまえが知るには、銀行しかないだろう」と言われて。「銀行に守秘義務違反を犯させたんだな、犯罪だな」と言うので、そんなことはしていませんと。しかし、情報源や情報ルートを言うわけにもいきません。

 で、私は「情報の入手先は一切言えない」と。すると、「そしたら俺も取材に答える義務はない」と向こうが言い出した。100万円入っていることは間違いないし、提供者は道の発注先。でも、誰もその趣旨を説明してくれない。会社側も経営者替わっていて、分からないと言う。書こうかどうかすごく迷って、書きませんでした。書かなかったですね。

 書けばよかったなと、後悔もしました。書けば何か展開があったんじゃないか、書けば、きっと首脳は追い込まれて辞職せざるを得なかったんじゃないか、とか。勇気がなかったといえるかもしれません。

 だから、調査報道の取材を諦めるという理由は、ひと色ではないですね。しかし、共通するのは「詰めが甘い」という自分の判断。「甘い」と思って、その先に進めなくなったら、諦めます。そのハードルは相当、厳しく自分で設定しているつもりです。

 あえて言えば、ある意味、「見切り」ができない記者はだめだろうと思っています。「とことんやるぞ」というしつこさは必要ですけれども、いつまでもそれを引きずっていたら、それで人生が終わっちゃうじゃないですか。だから、どこかで見切らなければいけない。そういう意味での、この方向でやるぞとか、やめるぞとか、方針転換するぞとか、そういう決断を自分でちゃんとできないとだめだろうとも思います。

=つづく(次回は最終回。2月5日公開予定)

<第1回>調査報道は端緒がすべて それを実例から見る 「権力監視型の調査報道とは」
<第2回>「まず記録の入手を  誰がその重要資料を持っているのか?」
<第3回>「“ネタ元”ゼロで始まる深掘り取材 そのときに武器となるのは?」
<第4回>「政治の不正は政治部で、警察の不正は警察担当でガチンコ勝負を」

■参考
単行本『権力vs.調査報道』(高田昌幸・小黒純著、旬報社)
単行本『権力に迫る「調査報道」』(高田昌幸・大西祐資・松島佳子著、旬報社)

 

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高田昌幸
 

ジャーナリスト、東京都市大学メディア情報学部教授(調査報道論)。

1960年生まれ。北海道新聞、高知新聞で記者を通算30年。北海道新聞時代の2004年、北海道警察の裏金問題取材で取材班代表として新聞協会賞、菊池寛賞、日本ジャーナリスト会議大賞などを受賞。

 
 
   
 

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