◆地元の理解も、国民の理解も必要
一杉教授は、矯正医療に携わり、事情を抱えた加害少年たちに接している。だからこそ、CDRについて思うところもある。
「その子たち、ほぼ全員、虐待されていますよ。もしくは、親に捨てられたり、非常に不遇な生活を送っている。そういう子たちがどうして犯罪に手を染めるようになったか、僕は知ってしまった。手をかけて他者を死なせた子。あるいは交通事故を起こして死なせた子……。CDRは『防ぎうる死を予防する』と言うんだけれども、究極は、子どもを取り巻く社会をもう一度、見直さなきゃいけない。そのきっかけになると僕は思っているんです」
そのために、CDRは地元の理解も国民の理解も必要だと一杉教授は言う。CDRの重要性をわかってもらおうと、モデル事業について個人情報の問題に抵触しない範囲で、マスコミにも情報を開示してきた。そのオープンな姿勢が厚労省の気に障ったらしい。
「僕のところに電話がかかって来て、『個別の事案に関してマスコミに言ったんですか』って。言うわけない。(マスコミ報道を見た厚労省が)『個別の事例を連想することになる』とかなんとか、無茶苦茶なことを言っているんです」
フロントラインプレスの取材班が、2021年夏にモデル事業を行う地方公共団体に対して行ったアンケート調査でも、厚労省の指示で情報を出せないとの回答が目立った。個人情報に関係ない情報も出せないというのだ。
その一方で、厚労省自身は、モデル事業の1年目の総括を依然として公表していない。CDRが国民に浸透しない大きな理由の1つは、こうした“中身を外部に知らせない”という厚労省の姿勢だ、と一杉教授も主張する。
「2020年度のモデル事業の報告書として、滋賀県は100ページ近い報告書を厚労省に送っているんです。(1年目には)7つの府県にモデル事業をやらしているのに、総括をしてもらわないとね。滋賀県のやり方はダメですね、とか、〇〇県のやり方がいいですね、とか。困りますね、やるだけやらせておいて」
◆日本小児科学会地方会などに圧縮版を配布
滋賀県では1年目の報告書を、個人情報を抜いた圧縮版にして47都道府県にある日本小児科学会地方会などに配った。子どもの死の予防のために、他の地域でも役立ててもらえたら、という思いからだ。
CDRは厚労省の手引きどおりにやらない場合、モデル事業として採用されない可能性もある。そうなると国からの予算がなくなる。それでも一杉教授は「手弁当になっても、手伝ってくれる有志でやるつもりだ」と話す。
4月からの2022年度は、厚労省が当初、CDR本格導入の初年度として目標設定していた年度だ。その実現は後年にずれ込んだ。では、2023年4月に創設予定のこども家庭庁は、CDR推進の大きな動輪になれるのか。本当に縦割り行政の弊害を排し、「防ぎうる死を防ぐ」役割を果たせるのか。子どもの不慮の事故、死亡は、今日も明日も起こりうる。大人たちの本気度が問われている。
■連載・こども家庭庁とCDR■
【1】子どもの死を防げるか 試される「ど真ん中政策」(2022年4月13日)
【2】虐待防止にどう生かす「子どもの死亡検証制度」 藤田香織弁護士に聞く(2022年4月15日)
【3】山梨県知事がCDRを「重要政策」に据える理由(2022年4月16日)